先輩たちのストーリー

伊藤実/いとうみのる(通称:みのる)

山形県 出身、 昭和52年3月6日 生

A型 、 うお座

178cm ・ 90kg

好きな食べ物: サーフィン、釣り、スノーボード、ゴルフ

■繋がり

・伊藤茂雄(父・伊藤左官工業社長)
・西谷初行(西谷工業会長)
・柳田竜幸(西谷工業社長)
・平出さん

尊敬する父を越え、自分の世代を築けるよう

-幼少期の事をお聞かせください。

小学校三年で小田原に転校しました。学校から帰ると白ギス釣りに。明るい性格でしたが大舞台で緊張してしまうタイプ。中学バレー部に入部、高校ではセンターでベスト16進出。部活動で人前に立って話す機会も増え、苦手な緊張も克服しました。高校では4泊5日の合宿で夜中3時まで寝る時間も惜しんで練習しました。顔を洗いに行った時、服に水を湿らせ練習中隠れてその水分を飲んだ事も。人生一番喉が渇いたのはあの時です。どんなにつらくてもやらなきゃいけない、極限に追い込まれても踏ん張る力がついたのは部活でしょうか。仕事でも人生に於いても根本で繋がっています。

-お父様の伊藤左官工業を継ぐことになったきっかけは?

自分が後を継ぐのは自然な流れだと思っていましたし強制もされませんでした。高校卒業後は、継ぐために経理の専門学校へ。その後職人として働き始めました。時間があれば手伝っていましたので、戸惑いはありませんでしたが、不器用なので現場を見に行くのは人より先に入り、人一倍練習もしました。

-西谷工業と伊藤左官工業はどんな付き合いですか?

14~5年前、平出さんの平塚の現場で応援、その後会長と父の間で横浜の現場をやらせて頂いたのが始まりです。一時離れた時期もありましたが、柳田副社長が何度も小田原まで足を運んでくれ、厚木の日産研究所を皮切りに再始動、自分と柳田社長という関係にシフトしたのもその時期です。
それまでは15人位の現場でしたが、そこは70人規模。しかも初めての西谷の職長でした。不安もありましたが、柳田社長にアドバイスをもらったり、気にかけて頂きました。西谷から応援を入れてくれたのに道具を下げさせた事もあった。そんな事を言える立場ではないんですが、当時は自分の考えている事を通すべきと考えていた。内外の反発もありましたが、28歳でその経験ができた事は大いに役立っています。

-今後の伊藤左官として必要な成長要素は?

現在神奈川全域を担当させて頂いてますが、伊藤の所じゃなきゃだめだという声が聞こえてくるのは嬉しい話です。それを一つでも増やしたい、その為に伊藤左官も力をつけねばなりません。職長を育てNo3,No4の育成、職人のレベルを高めることが今の現場に求められている。自分の描く通りにやりたいというのは自分のプライドだけで、それでは戦えない事は身にしみています。親父も今67歳。親父は越えられるようにしたい。そこから自分の本当の勝負が始まる気がしています。


先駆者やアドバイザーがいる環境に甘んじることなく、自己の挑戦を止まない底力とパワーを全力で仕事に注いでいる。

2015年7月26日

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