先輩たちのストーリー

伊藤輝貴/いとうてるき(通称:てるさん、てるき)

東京都 出身、 昭和46年10月9日 生

B型 、 てんびん座

173cm ・ 79kg

趣味: 映画、車、バイクなど

■繋がり

・伊藤喜一(父)
・本藤忍

厳格な父の姿を追いつつ、自分の道を切り拓く

-幼少時代から就職するまでのことをお聞かせください

江戸川区で生まれ育ち、プラモデルやラジコンなど機械いじりが好きで工業高校に。ちょっと悪さが過ぎる子たちが集まっていましたが、私は、悪さよりバイク好きだったのでそちら方面を楽しんでいました。喫茶店・コンビニ・黒板屋などアルバイトもしました。エレベーター会社に就職し、大手でしたので、新人研修で社会の基礎を学び、オフィスビルや商業ビルの保守点検と営業へ。好きな機械いじりを楽しめたのは最初の1年。その後転職した服飾系会社は水があわず、半年で退職しました。

-その後左官の道へ進まれたんですね

父は厳格な左官職人で、自分が学校から帰るといつも晩酌をしているというのが父の印象でした。自分も大人になり、一人で歩かされるようになってからは、朝早く出てやることを終えて家に帰り、一杯やっている姿への見方が変わりました。仕事で使ってくれないかと頼んだ時は、最初の就職先が大手で喜んでいたこともあり、仕方なくっぽかったですね。現場では周りの方に厳しく指導して頂きました。負けん気も強かったので自信と自我が出てきて、「こっちの方が早くて綺麗だろ」なんて言ったり。今思えば、前向きな意識があったからこその衝突であり、以前までの仕事とは比較にならない真剣さで左官に向き合っていました。一生やっていこうとまでは思わなかったものの、辞めようとも思わず、気がついたらそのまま進み続けていました。
一人暮らしを始め公私共に自立した頃、応援で入った大規模テーマパーク現場で新たな出会いがあり、父の元を出ました。そこで付いた親方は10歳上。親方というよりも兄弟子に近い感覚。人間的にも優しい方で、父とも職人として認めあっている仲でした。それまで父から基礎を教わっていたはずなのに、甘えがあったんでしょうね。やり方から段取りから何から何までひっくるめてやり直しの毎日に近かった。自分の全てぶつけ、いつも悔しさを秘めていた時期です。

-西谷へはどのようなきっかけで?

35歳で筋肉の病気を患い、休まざるを得ない状況が1年間続きました。もう、左官はできないと思っていましたが、休んでいる間にもよく連絡をくれた同級生の本藤班で復帰させてもらい、3年後38歳で伊藤班を持たせていただきました。

-これからの目標をお聞かせください

目標と言えるか分かりませんが、これからも左官を続けていきます。転職や親方の所を出た時もそうでしたが、常に今より良くなりたいという気持ちがありました。いつの間にか友達の子供が成人を迎えるような歳になり、一緒に映画行ったりもします。プライベートの充実も保っていきたいですね。

2015年8月21日

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