先輩たちのストーリー

伊藤智和/いとうともかず

山形県天童市 出身、 昭和46年生

O型 、 おうし座

169cm ・ 61kg

好きな食べ物: ラーメン、麺類

趣味: アウトドア、オートキャンプ

■繋がり

・小座間のよっちくん
・小沢信義
・小沢義信
・仲館

心で泣いても、笑顔でいれば越えられる

-山形の天童市から東京に出てくるまでの経緯は?

ヤンキー全盛期で悪さばかりしていました。悪さは保育園から始まり、校則違反して学校にも行かず遊んでいました。高二の終わりに自慢のリーゼントを切られたり、年上の彼女と駆け落ちなんて事もありました。親も何度も泣かせ周囲に迷惑をかけ、今となれば親の気持ちが分かりますが当時はやんちゃ。今は優しいと言われますが昔はきつい性格でした。痛い思いをしたので何をされると辛いのかは子供時代に知りました。
17歳で高校を退学、祖父に勘当され、着替えと布団だけ持って川口の伯父の元へ修行に。初日の夜、お祭りに連れて行ってもらったのを良く覚えています。親父が左官屋でそこの2つ上の息子も左官屋、同年代の友達もできました。

-川口の新生活と左官の仕事が始まったんですね。

住み込みですから朝起きたら仕事に連れて行かされるので、しばらくは山形に帰りたいなとか、でも働いている彼女ができて自分も仕事を続けようかなと思ったり…。女性にも知らず知らずのうちに多くの事を教えてもらいました。
環境も良かったと思います。親方(伯父)の班にいた、小座間のよっち君に技術を教えて頂きました。よっち君は気さくであったかい小さなおじさん。今70歳くらいかな。この年代の職人さんには珍しく、教えてくれるし皆に平等で、仕事も上手でした。
和気あいあいとやっていれば職人とも仲良くなれるし、最後までフレンドリーで笑っていれば相手は怒らない、あいつとやれば楽しいぞ。という世界を教えてくれたのがよっち君。いがみ合いも減り、長年いる職人にも分かってもらえるんです。

-結婚、町場から野帳場へ、そして独立。

山形から来ていた先輩と行った居酒屋の娘が今の妻です。上京5年目、22歳で結婚しました。当時は給料も一人前になり職人として扱って頂いてましたが、稼がなければという意識が強くなりました。結婚後すぐに仕事が減ってしまい、親方とも話し合って野町場の左官会社に入りました。当時の野丁場で4時には上がれる現場もあり、給料も上がったのにこんなに早く上がれて、家にも早く帰れてこんなんで良いの?と思いました。
その後、現場で知り合った仲館と一緒に37歳で独立しました。仲館は今では私よりも私の事を分かってくれています。掴み所のない人、ムードメーカーもいます。そこに次男も加わり8名。みんなのアドバイスがって自分がいます。怪我なく仕事して家に帰る。仲良くいがみ合いのないこの班で、これからも若手の教育をし、フレンドリーなチームでいたいと思います。


その印象的な笑顔には、数々の経験が刻まれており、会う人の緊張を和らげる安心感と豊かな人間的魅力に繋がっている。

2015年7月26日

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