先輩たちのストーリー

菊口靖紘/きくぐちやすひろ

山形県東根市 出身、 昭和54年生

B型 、 ひつじ座

169cm ・ 62kg

好きな食べ物: 肉、カルビ、生ガキ

■繋がり

・小関錠仁(親方)
・園田綱貴(先輩)
・柳さん(柳左官工業)
・小林さん

現場経験を積み、知識を持った職人を目指す

-山形ご出身なんですね。いつ上京されたんですか?

高2の夏休みに行徳の友人宅に宿泊した翌朝、「アルバイトをしないか?」と男性がやってきて、面白そうだからと行ってみたら、それが左官の仕事でした。学校に行って勉強しているより、身体を動かしている方が楽しかったので、実家にも帰らず日給月給で夏休みが終わってもそのまま仕事を続けていました。

-学校は?ご実家は心配されませんでしたか?

親は細かい事は言いませんでした。高校を辞め仕事を続け、実家に1年帰り車の免許を取得。型枠大工や土木のアルバイトを経て、19歳で再び上京。求人広告を見て電話をしたパチンコ屋に勤め、再び実家に帰り…恋しくなるんですね、山形が。帰れば帰ったで何もないし、また都内に戻ってくるという自由気ままな暮らしを謳歌していました。若かったですね。

-山形と東京の往復はいつごろまで?

最後に上京し職探しをしていた時、昔やった左官は面白かったなぁと思い、周辺の左官屋を探して電話したのが柳左官工業(西谷工業・柳班)でした。16歳の頃は手元でしたので、小林さんに一から教えて頂きました。その頃に家庭を持ち、これでやって行こうと覚悟を決めました。

-職人としての生活がスタートしたんですね。

なにくそという気持ちが芽生えました。怒られ、注意される度にいつか見返してやるぞと。言われた事が合っていた事が更に悔しかったですね。もどかしさも原動力になっていました。周りの方にご指導頂き、先々の現場で付く職長のやり方も十人十色。今でも先輩の経験を取り入れつつ現場経験を積む毎日です。

-左官屋は奥深いと言いますが、それはどんな部分ですか?

左官屋には知識が不可欠です。大型建築と言っても、床・壁・タイル下地・階段など施工内容が異なり、躯体の状態も色々。タイル下地は何工程もある。どんな状態でも平らに仕上げ次に引き渡す。基礎を一通り経験し身につけるだけでも十年です。

-影響を受けた方は?

班長の小関さんです。23歳で出合ってから、飲みにつれて行ってくれ話を聞いてくれたり仕事で疲れた後のケアまでして頂きました。20代後半に「職長やるか?(やってみろ)」と任されましたが、職長と言っても自分は一番年下。何の組織論も持たない当時、先輩たちに教えて頂きながらの職長でした。恵まれた環境だったと思います。たくさん現場を押しつけられてきましたが、あの時に断っていたら今の自分はありません。一番コノヤローと思う人でもあり、人生を変えてくれた方でもあります。


今後も職人として高みを目指したいと謙虚さを忘れない姿勢、環境への順応力は、新しい世代の職人の姿を感じさせる。

2015年7月19日

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