先輩たちのストーリー

小関錠仁/こせきじょうに(通称:じょにー、じょー)

千葉県 出身、 昭和47年12月11日 生

O型 、 いて座

173cm ・ 82kg

趣味: 若い頃の趣味は車・バイク

■繋がり

・坂本さん(職人)
・西谷初行(現西谷工業会長)

育てて頂いた事への感謝、その恩返しをしたい

-入社の経緯と当時の事をお聞かせください。

千葉県柏市生まれ、越谷育ち。中学を卒業した6日後、昭和63年3月22日に西谷工業に入社。親に反発し、誰よりも若い15歳で会長の世話になりました。すぐにバイクの免許を取得し、18歳から22歳までに買い換えた車は5台。まあ今となっては車なんて動けばいいと思ってるんですけどね(笑)。

-西谷の職人で記憶に残る方は?

左官を知らない自分に全てを教えてくれた最大の恩師、坂本さん。毎晩飲みに連れていってくれましたが、何をしゃべっているのか全く分からない個性的な職人さんです。仕事では若い者に雑用を一切やらせず、兎に角丁寧に教えて頂きました。
あとはやはり会長ですね。25歳で「人を使えるようになれ」と職長を任され、心身共に辛い時期もありましたが、会長と会って話すと自分の中に取りつかれていた負の要素が一気に抜けるんです。こうして自分を育ててくれた方々がいたから続けてこれました。西谷はそういう会社なんです。彼らへに恩返ししたいという気持ちが、「小関班を西谷の中で最大派閥にする」という今の自分の新しい目標を作ってくれました。

-小関班をどんな方針で率いていますか?

39歳の時、8名でスタートしたメンバーが現在は14名に。教育面では、自分が育てられた環境のようにとことん教えます。若いものにあえて仕上げをやらせる事もあります。ここから先は14人全員の仕事を1人も切れさせることなく、飯をきちんと食わせるのが自分の仕事。反面、今までずっと一番下でやってきましたから、いつの間にか人に教えるような立場になっている自分に、まだ信じられない部分もあるんですよ。

-西谷工業への想いを聞かせてください。

夜は地下鉄、昼マンションの現場で昼夜寝ずに働いていた時期がありました(昔の話です。今ではそんな働き方は大問題です笑)。人間、寝れないのは一番辛いんです。でも終わらせなきゃいけない。疲れから皆の気は荒ぶってきます。そんな過酷な中でも夜中に番頭さんがミキサーを取りに来てくれたり、場面できっちり魅せてくれる人。過酷な中でもやりきる仲間。それができる西谷は真のプロフェッショナルです。数々の歴史的現場を乗り越えてきた誇り高き自負と、やり抜く技術と力を合わせ持つ会社。この会社に骨を埋めると決めた自分の意思に二言はありません。


言葉の裏に見え隠れする深い気遣いと真直ぐな心。その優しさと強さは、今の西谷のプライドとなり屋台骨として支えている。

2015年4月24日

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