先輩たちのストーリー

峯和昭/みねかずあき(通称:かず、おやかた)

鹿児島県 出身、 昭和46年10月5日 生

AB型 、 てんびん座

178cm ・ 75kg

好きな食べ物: 寿司ネタはマグロ

趣味: ゴルフ

■繋がり

・峯義蔵(父)
・おりとさん・ひろ(父と同じ年の先輩)
・西谷初行(西谷工業会長)

熱いものは内に秘め、客観的な視点を欠かさずに

-子供時代から左官を始めるまでをお聞かせください。

鹿児島県阿久根で生まれ、幼少期に埼玉県へ。野球選手を夢見て青年期を過ごしていました。父の仕事を手伝う形で16歳、日当5,000円で左官職人デビューをしました。
成田空港、長野オリンピック会場、23歳で大阪へと出張が多く、休み時間の一服もせず働きつめたり、半年休まずにいたり、「やり切り一枚」休まずに午後一には終わらせるなど、仕事に対して威圧感があり真面目すぎました。ですが、メリハリを持ってやってきた当時の事は今のプライドに繋がっています。

-年長の方との関わりは?

厳しさを態度で示す昭和の職人だった父の元で12年。その後自分が頭を張ってからも父は現場に来て65歳の引退までサポートをして頂きました。父と同じ歳のおりとさんは評判の職人で、同じ班にはなりませんでしたがよく仕事を教わりました。
西谷会長は40歳の開きがありながらも、優しく話を聞いてくれました。ある日曜の朝6時、勇気を振り絞って「出張は行きたくない」「親父と自分とは違う」と自宅へ直談判に行ったんですが、それから認めて頂いたような気がします。その後25歳で蒲田の五階建マンションの班長を任命されました。当時はただ、頑張るしかないという気持ちと緊張感いっぱいでした。

-職長デビューから班長に、どんな葛藤がありましたか?

応援を頼む事が多く、目上の方に対する態度・礼儀がなっていないと叱責されました。当時目上の方にも下の方にもイケイケな部分があり、反省しました。28歳で結婚し、弟子を取り始めてからは、自分の言葉が人に伝わらない葛藤がありました。今でもありますが、解決は会話しかないですね。元々あまり喋る方ではありませんでしたが、ゼネコン様と対話しているうちに、意外と話せる自分の一面を発見しました。

-大勢の職人をどのように率いていますか?

応援に来てくれた方が、怒って帰ってしまった事がありました。そこで私も憤っては雰囲気が悪くなります。怒鳴ってもだめなんです。相手への思いやりを持ち、まず自分の思ったことをすぐ口にせず聞く。会長が私にしてくれた事と同じです。現場の中で仕事の流れを変えるのは、正統なやり方で、相手を気遣い、事細かに説明をする事だと学びました。愚痴や諦めに走ったらキリがない。潰すのではなく、活かし見出すことを考えます。


経営者気質を持ち、番頭いらずと言われるほど統率力に長けた44歳。法人化を控え「それぞれの個性が活きるよう、大きな枠で捉えていきたい」と次のビジョンを掲げている。

2015年4月24日

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