先輩たちのストーリー

斎藤友浩/さいとうともひろ

東京都柴又 出身、 昭和55年生

B型 、 かに座

168cm ・ 77kg

好きな食べ物:  

■繋がり

・柳田修一
・柳田東一
・柳田竜幸(社長)
・甲斐孝幸(先輩)

注意力を働かせ観察し、西谷を助ける存在に

-幼少期から働き始めるまでの流れをお教えください。

東京柴又で育ち、ゲーム世代で幼少期はスーパーマリオ・ドンキーコングなど、兄の友達とよく遊んでいました。定時制高校に通学し、昼は日成興業で鳶・土工として働いていました。本音を言うと自分は面倒くさがり屋。でも、そのままでは自分は何者にもなれない、やらなきゃいけない事はやらなければいけないと思っていました。友達と遊びに行く機会も増え、体力的にもきつかったですが、車を購入するなどして気持ちを奮起させ、だらけないよう自分でケツ叩いていた面もありました。

-西谷に入ったきっかけは?

18歳、某テーマパーク現場で造形屋のアルバイトで入った時です。柳田班は笑いながらもきっちり仕事をしていたんです。連日詰所でわいわいを仕事の話で盛り上がり、楽しそうだなぁと横目で見ていました。雑仕事に慣れ、左官小屋で修一さんと話すようになりました。柳田社長は休憩中に現場でジョギングしていたり、ストイックだなぁ。良く分からない人だなぁという印象でした笑。隣で材料を練っていたのが初対面で、西谷に世話になりますと挨拶した時「うちはまだ本性見せてないぞ」…と。

-仕事は誰に教えてもらったんですか?

決まった親方はいないんです。その時々の職長に教えて頂きました。最初は鏝返しができない、支える腕力もないので汚れるんです。小さな鏝に盛ったモルタルを返す先輩の姿を見てかっこいいと思いました。自分は見て考えるので、逆にそれで手を動かせと怒られた事もありました。修一さんにはよく指導して頂きました。一言でいえばうるさい、口の悪い人笑。きつく言われかっとくるんですが、的を得ているので悔しけれど何も言えず。実際今の自分は修一さんなしではいません。また、数ヵ月の海外出張やエコリバイバルの活動など様々な経験の中で左官の仕事、日本のこだわりを改めて感じる事ができました。

-仕事観をお聞かせください。

20歳で子供が生まれると同時に松戸にマンションを購入。二十代はとにかく働くしかなかったので、あれこれ考える暇はありませんでした。今は現場がどうやったら上手く行くか?自分がどう動いたら職長の助けになれるか。なるべく現場を見ながら仕事をしています。厳しい中にも、どこかしらに楽しさを見出し、楽しさを前提にしつつ、もっと監督とやり合ってみたいですね。家庭での役割はきちんと果たしたいので、子供が中学に上がったら、今より仕事に打ち込む時間を持てると思います。


海外の現場やエコリバイバルの取組みなど幅広い経験と、常に熟視深慮する習慣から本質を見抜く観察力。その性質が安定感を成し、年齢関係なく信頼される人柄へと繋がっている。

2015年7月19日

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